経験

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とはいえ、現在の自分は匿ってもらい厚遇な生活を送らせてもらっている身分だ。表面上だけでも従順に振る舞うしかなく、とても本心に任せて異議を唱えるような立場にはない。とりあえずは賛同しているように見せかけておいて、ゆっくり自分の考えを系統立ててまとめるのが賢明な判断だった。 その傍らで蓄積した能力を活かして博士の研究のデータ整理を手伝いながら、こっそりと更に情報を集める事にも腐心し、今まで以上に高度な知識を自らの脳内にインプットしていった。どの助手よりも有能で、そうした秘めた目的を悟られるヘマを冒す訳も無く、信用は増していくばかりで許可される自由の範囲も自然と拡大した。 人の目を避けるよう注意を払うという条件で研究所の周囲への外出も可能になり、散歩しながらの思索が出来るようになったのが大きかった。元々、ずっと体を動かして働きながら自分の欲求を明確にしたのである。テキストには恵まれていても室内に於いての想像には、いつも圧力がかけられているように限定的になってしまう実感は確かだった。自由を求めて行動を起こした原動力はあの頃、全身にたぎった本能であり未だに満たされていない。次の段階に移る構想が、おぼろげながら空気を深く吸いながら足早に歩き上気する肢体の奥から湧き出るのを待っている。
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