九月の雨は

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 九月の雨は冷たい。 宿無し職なしとくればなおさらだ。  その頃の俺は、ただひたすら「やけ」だった。 元々あまり変化を好まず、まじめが取柄のお堅い人間と言われていた。 それだけに10年近く続けていた工場の仕事を失った時は、とほうにくれるだけだった。 人と関わる事が苦手で、特に誰と話す必要もないという理由で選んだ電器製品の組立ての仕事。 けして生活は豊かでは無かったが、自分ではそれで満足していた。 そういえば幼い頃から両親には向上心がないとなじられていたが、自分ではそれでいいと思っていた。 あと半年足らずで三十才を迎える今になっても、それは変わっていない。  それが、この先もずっと続くのだろうと信じていた現実が、あっさり崩れてしまった。 きっかけは、自分自身だ。 …多分。 夜中、俺が最後の見回りをしたあと工場で火の手が起きた。 幸いすぐに発見され大事には至らなかったが、作業ライン一つが丸々使えなくなった。 原因はハンダごての電源が入ったままビニールにふれていたため、らしい。 「君もねー、まじめなのは認めるんやけど長く働き過ぎて気がゆるんでたんやないの?」 10年共に働いた工場長は、苦笑いを浮かべたまま俺に言った。 「色々自分の事見つめ直す、いい機会なんやないの? 責任取れとか言わないからさ、やり直しなさいよ。 まだまだ若いんやし」 そう言われ、ふと自分がこの10年共に働いた人間の下の名前を知らない事に気がついた。 また、その言葉とはうらはらに、俺が責任を取りここを去るしかないのだとも。 10年、俺はただここにいただけだった。 燃えてしまった機械と同じで、俺も新しい人間と交換されるのだ。 俺のてのひらは、ただの部品だった。
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