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気まずそうにして壱真は答えない。
そんな壱真を眠たげな目でしばらく見つめた後、千早は鞄を持った。
「えっ、あの…。」
帰ってしまうと思って、壱真は咄嗟に手を伸ばした。すると、偶然か意図的か、千早はひらりとその手を避けて壱真の前に立った。
今まで壱真と千早は机を挟んで向かい合っていたのだ。
だから千早は机を回って壱真の隣に立ってのだ。
壱真は千早の方に向く。
「……作るよ。」
「え…。」
「あの料理部の部室、あと、材料と器具貸してくれたら。」
壱真は毒気を抜かれた表情だ。
眼鏡がずれ、壱真は位置直す。
どんな時でも眼鏡を直すのは条件反射らしい。
「……君が言う、俺の口に合うケーキ。作るけど、それが君の口に合うケーキってわけじゃないから。」
そう言って、千早は教室を出て行った。
その後ろ姿を壱真は慌てて追った。
壱真は千早を追いながら、思っていた。
あの目は。
あの、千早の目は。
きっと、自分の気持ちを見抜いていたと思う。
千早が言う、味に近付けたいとかじゃなく。
ただ単に、千早に美味しいか不味いかをはっきり言わせたいだけだと。
その参考に、作らせるつもりだったと。
何も言ってないのに、あの猫のように気紛れな千早自ら作ると言ったのが、その証拠だと思う。
はっきり言うと、ただの自分の意地。
壱真はそれが千早に気付かれていると思うと、無性に恥ずかしくなった。
二人は真っ直ぐ、料理部の部室に向かった。
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