千早の味

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  「神崎お帰りー…って、あれ?千早?」   重ねた銀色のバットを運んでいた最中だった深尊は、部室の扉が開く音がしたので、てっきり壱真が入ってきたと思っていたら千早の姿があり、驚いた声を上げた。   千早は会釈程度に頭を下げた。   深尊はバットを近くに適当に置いてから、千早を前に立った。 そして、深尊は千早の頭を撫でながら問い掛けた。   「千早一人?神崎は?」   千早はわしゃわしゃと頭を撫でられても嫌がる素振りはしない。   「いますよ。」   すると、その前にすっと壱真が千早の後ろから現れた。 壱真は未だに千早の頭を撫でる深尊の手を掴んだ。   「先輩、やり過ぎるとセクハラになりますよ。」   「だってー。千早撫で心地いいんだもん。猫みたいで。」   ぶぅと頬を膨らませて、深尊は渋々千早を撫でる手を止めた。 千早の髪の毛は寝癖以外の跳ねができた。   「で。千早、壱真に言われてケーキ作りにきたの?」  それを聞いて、千早は不思議に背の高い深尊を見上げた。   「……作るけど、神崎には何も言われてないよ。」   「へ?」   深尊が首を傾ければ、千早も首を傾ける。 二人には食い違いがあるようで、会話が成立しない。そこへ、壱真がまとめに入った。   「俺が頼む前に結城先輩が作るって言ってくれたんですよ。」   その言葉に深尊は納得した。 それと一緒に、部室を出た時となんとなく違う壱真を見て、深尊は千早にきっと何か言われたことを悟った。 おそらく、壱真の意地を揺らがすことを。   「……山本、その服…。」  千早の目が深尊の服に向けられている。 千早と会った初めてその瞳が興味津々になっていたのを見て、深尊は得意気に両手を腰に当てた。   「へへっ。すごいでしょ。これ部活着なんだ。」   「部活着…。」   その部活着は、本物のパティシエが着る服と大差ないものだった。 上半身は清潔そうな白いもの、腰から下は濃い藍色のズボンに黒いエプロンがしてある。 首には橙色のスカーフが巻いてあった。   なんとなく、深尊らしい色だと千早は思った。   「……本物のパティシエみたい。」   「だよねー。俺も気に入ってるんだ、これ。」   自分の服の端を掴んで深尊はにこにこ笑う。 深尊は背が高いから、きっと特注なのだろう。 いや、この部活はできて新しいらしいから、部活着自体が特注なのだ。  
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