無い町

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 気が付けば見知らぬ土地に立っていた。私の現状を一言で表すとこうなる。  周囲を見渡すと、モダンな雰囲気の明るい町が目に入る。黄色い煉瓦で道路を覆い、無数の建物に囲まれた場所で、アーケード街のような場所らしく空は見えない。ペンキの塗られた鉄骨と白っぽい天井と、沢山の階段ばかりが目に入る。  私は、上にはシャツを引っ掛けて下はデニムのパンツにスニーカーといったラフな格好で、煉瓦敷の広場のベンチの前に立ち尽くしていた。 「どこだろ、ここ」  方向音痴の気があることは自覚しているが、それでもこんな場所に来た覚えはなかった。だからだろうか? この町を調べようと思ってしまった。  町は明るく、無数の階段が街道のあちこちをつなぎ、寂れた雰囲気の街灯は塗装が少し痛んでいる。  町の様子を詳しく知りたくて、階段を昇り、白熱電球で照らしたようにうすく黄色っぽい色で照らされた町中を、ビルの5階くらいの高さから見下ろした。  この時違和感に気付いていれば、あるいは結末は違ったかもしれないが、時の流れは巻き戻せない。  そう、私は不思議な雰囲気を持つこの町に魅入られてしまっていた。  見方によってはヨーロッパの町並みのようにも、日本の駅前のようにも見える。それでいてごちゃごちゃとはせずに落ち着いた雰囲気があり、私にはそれがとても心地よかった。  この素敵な町を自分の足で歩いてみたい。そんな気持ちに後押しされて、浮き立つ気持ちを押さえながら、不思議なほどに静かな町に繰り出した。  町に、影がまったく存在しないことに気付けないそのままに。
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