無い町

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 カフェの階段を上がると、少し手狭な空間に所狭しと椅子が並べられた部屋にたどり着いた。  ちょうど反対側にまた階段があり、そのすぐ横には扉が見えて、迷わず私は階段を駆け上がった。まだ距離はあると思うけれど、少しでもあの影から逃げたい、その心の声のままに。  階段を駆け上がると、店の裏手に通じる扉の前にたどり着き、その勢いを殺さぬようにお店の外へと飛び出して、それとほとんど同時に、下の方で扉を開けた音がした。  間違いない、何かが追い掛けてきている。そう確信すると、私は煉瓦敷きの道を出来るだけ静かに駆け出した。少しでも見つかる可能性を減らすために。  そうして駆けていると、妙なことに気が付いた。町が寂れてきているのだ。  最初に見たときは、確かに落ち着いた雰囲気はあったけれど、手摺りや街灯に錆か浮かぶということは無かったはずだから。  それに気が付くと町が徐々に、しかし確実に崩れていくのがわかった。  煉瓦はひび割れガラスは垂れる。金属は軒並み錆びて人気はない。そう、この町は死に行く場所に間違いなかった。  あの影の正体は解らないけれど、きっとろくなものじゃない。そう考えて、私は思わず立ち止まる。目の前で、階段が崩れてしまっていたから。    <逃げたい!> そんな思いに引きずられるように、錆びた手摺りと顕になった鉄筋を伝って上の階にいた。途中で足場が崩れた時には焦ったけれど、何とか登りきることが出来ていた。  そうして、遠回りをしながら私はある場所をめざしていた。  私が初めてこの町を認識した場所、煉瓦敷きの広場のベンチの前、死んだ町に私という生きものが紛れ込んだその場所へ。
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