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また携帯電話が鳴った。
出る。
『あんちゃん、時間できた? 愚痴っていい? 聞いて聞いて!』
妹だ。
すでに泣き声だがそのくせテンションだけは高い。
「俺が泣きたいわアホゥ!」
『ひどいよあんちゃん!』
「ひどいのはお前の男の趣味だ!
何回も何回も離れてはくっついてそのたんびにもめやがって、あいつどんどん熱帯雨林みたいな頭になってるじゃないか!
どんなエコプロジェクトだ!」
『モタイナーイ』
「みっつのアールでも救いようがねえよ!」
『ひどいよあんちゃん!』
通話が切れた。
これまではずっといい兄だった。
妹のためならなんでもしてきたしなんでも我慢してきた。
しかしかわいさのあまり遠慮があったのも事実だ。
妹はのびのびと育ち過ぎたのかもしれない。
時には厳しい言葉をかける兄だったらよかったのかもしれない。
また電話が鳴る。
表示も見ずに出る。
母だった。
『お前メイちゃんになに言ったんだあ?』
「シツケだよ。
やっぱり甘やかすばっかりじゃ駄目だって」
『さっき泣きながら帰ってきたんだ。
優しくしてやんなきゃ駄目でねが』
「行方不明じゃなかったのかよ!
どんだけ近くにいたんだ。かーちゃんも遠慮してねえで事情くらい本人に聞けばいいだろ!」
今度は自分から通話を切った。
耳元の喧騒がなくなり、急に現実が帰ってくる。
ここはデパートの階段の踊り場。
ついさっき不良に囲まれて殴られた所だ。
這いつくばった体勢から立ち上がる。
殴られた痛みもあってどうしてもよろけてしまうが、今更誰に見られても恥ずかしいという感情はわかない。
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