別離

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准汰は人工妊娠中絶の同意書にサインをする際、些か躊躇いを見せた。 (これで本当にいいのか?) 涼子は謝ればまだ間に合うと言ってくれたが、沙夜の険しい表情から、その可能性は全くないと准汰は悟った。 沙夜は准汰のサインがされた同意書を受け取ると、中絶手術をする日を准汰に告げ、その日に保険証と中絶費用を持って来るように言った。 当然ながら、二人の会話に笑顔はない。 終わりを迎えたカップルは、実に淡々としていた。 中絶手術当日、二人は病院の前で待ち合わせ、一緒に産婦人科に入って行った。 二人は受付を済ますと待合室の椅子に腰掛け、名前を呼ばれるのを静かに待った。 沙夜は准汰と無駄な会話は一切せず、その表情はまるで氷の仮面を身につけているようであった。 間もなくして沙夜の名前が呼ばれる。一瞬にして緊張が走る。 沙夜は中年の看護婦に連れて行かれ、そのまま准汰の前から姿を消した。 准汰は別の看護婦に案内され、別の待合室で沙夜が戻るのを待つことになった。 看護婦は准汰に簡単な説明をすると、すぐに終わりますから大丈夫ですよ、と優しく微笑み掛けた。 准汰は段々と恐怖を感じ始めた。
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