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「いいか、生命の価値を知れ。生命の尊さを知れ。お腹の子の生命も、この男の命も、その重さは皆同じ。胎児だけ殺されて当たり前の世界なんて俺は認めない。お前が口にした中絶という言葉がどれ程の罪か思い知れ」
准汰は紀美子に言うと、今にもバタフライナイフを振り下ろさんとする。
「遣れ」
「遣っちまえ」
「お前が正義だ」
幻聴が准汰を狂気へと促す。
「遣れ」
「遣れ」
「遣れ」
准汰の腕に力が込められる。
「死ねー!!!」
堺の顔面目掛け、遂に准汰の手にしたバタフライナイフが振り下ろされた。
紀美子はその場に崩れ落ち、ナイフの刺さる音の後に静寂が訪れる。
振り下ろされたバタフライナイフは、堺の顔の僅か数センチ横の畳に突き刺さっていた。
堺の顔も、紀美子の顔も青ざめている。
結局、准汰は堺を殺すことができなかった。ナイフを振り下ろす瞬間に天使の声が聞こえたのだ。
「やめて、パパ!」
この声が准汰を正気に戻した。
「お、俺は何てことを……」
目に映るのは堺の脅えた顔。そして紀美子の啜り泣く声が耳に入ってきた。
准汰は我に返ると自分のした凶行に愕然とした。
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