受診

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「准汰、用意できた? そろそろ出るよ」 ドア越し、紀美子は准汰に優しく声を掛ける。部屋の前で待つこと五分、上下黒のジャージに黒のニット帽を目深に被った准汰が出て来た。 「じゃあ、行こうか」 紀美子は余所行きのジャケットに袖を通すと玄関に向かう。その後を無言でついて行く准汰。 「先にタクシー停めておくから」 そう言って紀美子は先に外に出ていく。准汰は下駄箱を開けると久しぶりにエンジニアブーツを取り出した。だが手入れもせずに放置していた所為か、手にしたエンジニアブーツには所々黴が付着していた。准汰は一つ一つの黴を見て時の流れを感じた。 エンジニアブーツを諦めた准汰はスニーカーを履くと立ち上がる。下駄箱の上に置かれた鏡には、みすぼらしい男の姿が映っていた。 准汰は外への一歩がなかなか踏み出せなかった。ドアノブに手を置いたところで迷う。そうこうしてる内に、ガスの元栓は閉めてあるのか、窓の戸締まりはちゃんとしてあるのかが気になり一度履いたスニーカーを脱ぐと確認しに向かった。
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