受診

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広嶋は紀美子の話に相槌を打ちながら熱心に耳を傾ける。そして話を聞き終えると忙しなくカルテに書き込んだ。 「高杉君、辛かったね」 広嶋はペンを置くと准汰に向き直り、優しく語り掛ける。 「もう大丈夫、私が君の力になるから。絶対に良くなるから。だから暫くここに通ってみないかな?ただ、私に顔を見せてくれるだけでいいから。どうかな?」 広嶋の言葉は穏やかな海のようであった。 他者を避け続け、一年以上の引きこもり生活の果てに、准汰は人と会話を交わすことがとても恐ろしくなっていた。 また初対面ということもあり、准汰の中に広嶋への強い警戒心があった。 だが、広嶋の言葉はそれらをあっさりと打ち消した。 准汰は少しだけ顔を挙げると、やや上目使いに広嶋の顔を窺う。 黒い頭髪は真ん中で分けられ、所々に白髪が混じって見えた。主張のない銀縁の眼鏡は、白衣と相俟って広嶋の知性を引き立たせている。白衣の下から覗くワイシャツとネクタイも然り。 視線が合うと広嶋は優しく微笑み掛ける。准汰はそれが仕事用の顔だと十分理解している。 しかし、例え仕事用の顔だとしても准汰にはそれが心地良かった。 気が付けば准汰は、広嶋の前でぼろぼろと涙を零していた。
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