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「ちょっと准汰、アンタ何を言ってるの」
通い慣れた神経科外来の診察室で紀美子は青ざめる思いだった。たった今、息子が広嶋に言った言葉がとても信じられなかったのだ。
「……お願いします、先生」
准汰は真っすぐ広嶋の目を見つめて頼み込む。准汰の目に迷いはない。
「うーん、どうだろう……私はそこまでする必要はないと考えてるんだけど……」
広嶋は准汰の申し入れに些か困惑していた。
波こそあれ広嶋は准汰の回復を実感していた。
それは診察当初と今目の前に座っている彼を見比べれば一目瞭然のことだった。
「私はね、このまま通院を続ける方がいいと思うんだけど……」
広嶋のその言葉はどこか歯切れが悪い。
「准汰、先生も言ってるでしょ。アンタはそんな所に行かなくたっていいんだよ」
紀美子は何としても准汰を引き止めたかった。息子を“そこ”にだけは行かせたくない……。
「俺、今のままじゃ何も変わらない気がするんです。それは別に先生の治療がどうとかそういうことじゃなくて……何て言うか、環境を変えてみたいんです。それにそこなら俺と同じような人も居るだろうし、そういう人達と話もしてみたい」
准汰は決して感情的にはならず落ち着いた物腰であった。
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