カジノバーの悪魔

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「オレンジくれる」 そのオーダーはカウンターの端に座っていた猪狩(いかり)からだった。彼はカジュアルな服装で一見普通の常連にしか見えないのだが、実は暴力団の構成員でこのカジノバーの用心棒をしている。 大体は定位置であるカウンター端の席に物静かに座っていることが多く、絶対に酒は呑まず、常に果汁百パーセントのオレンジジュースをグラス半分の量でオーダーする。 この店のオレンジジュースは彼の為にある様な物だった。 「俺はお客様だぞ!!!」 突然、店内に怒声が響いた。それは翔四季がオレンジジュースを猪狩に差し出した直後だった。 どうやら酒に酔った客がウエートレスに絡んでいる様子。 「アイツ、さっきもここでグチグチと文句言ってたよな」 「随分と呑ませたからな。やれやれ、酒癖の悪いのは入店お断わりだな」 翔四季に続き、賢斗は呆れ顔で言った。 「何だ!? あっ? 俺ばおぎゃくさまだって言ってんだろうが」 酔っ払いの口調が先程よりも強くなっているのが分かる。自然と店内の視線は集まり、注目の的となっていた。 「じゃあ、仕事してくるから」 猪狩はオレンジジュースを口にすることなく、静かに席を立った。 急に准汰はあの酔っ払いが気の毒に思えてならなかった。
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