生命

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「ジュン君、あのね……赤ちゃんが……できたみたいなの」 准汰は沙夜の両腕に力が込められるのを感じた。男にはない女特有の力。 それは初めて味わう衝撃で、瞬く間に准汰の脳を支配し、神経を抑えつけ、身体を拘束してしまった。 「……本当にできたの?」 「ちゃんと病院で検査した訳じゃないけど……生理もずっと来ないし不安だったから、妊娠検査薬を使ってみたの。そしたら……」 准汰が確認すると、沙夜はそう言って言葉を詰まらせた。 准汰はいつかはこんな日が来る気がしていた。思い当たる節が多かった。――だけど何処かで、自分達二人にそんなことは起きない、という根拠のない自信もあった。 それは己惚れでもあった。 「ねぇ……どうする?」 そう言った沙夜の声は、准汰の背中で消えてしまいそうな脆さと、どんな応えにも耐える強さの両極端の性質を含んでいた。 高杉准汰、十九歳。働いているカジノバーは覚せい剤に汚染されているので辞めようと思っている。即ち無職になる。 学歴もなければ、免許も資格もない。今までそんなもの必要とも思わなかったし、車の免許だっていつでも取りに行けると思っていた。 財布に入ってるのは数枚の千円札と僅かな小銭。それと、今じゃ飾りとなったコンドームが一つ。 無論、貯金なんてない。 そんな男が父親になれるのだろうか? 沙夜と子供を養っていけるのだろうか? 正直、准汰に動揺はあった。 だけど、答えは簡単に出た。 准汰は沙夜とお腹の赤ちゃんを幸せにしてやりたいと思った。 それは絶対に失ってはいけない、かけがえのないものだと思った。 例え自分の身を犠牲にしてでもこの生命を全力で守りたい、と心の底から強く思った。
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