甘い夢、厳しい現実

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思えば准汰は幼い頃から紀美子と心が通わないことに悩んでいた。 甘えてみたい、愛されたい――親子らしい会話をしてみたいと思う半面、憎しみを増幅させている自分が居た。 なかなか素直になれず、苛立ちだけが募る日々。 それでも自分が大人になったら、そんなわだかまりもなくなるのではないかと思っていた。 沙夜の妊娠を知った時、准汰はチャンスかもしれないと思った。 結婚して赤ちゃんが産まれたら、全てが雪解けの如く消えていくのではないかと。 普通の家庭。 笑い合える家族。 ただ家族と一緒に食事がしてみたかっただけ。 『おはよう』『おやすみ』 『ただいま』『おかえり』 そんなキャッチボールに憧れただけ。 でも、そんな些細なことが叶わない。 「中絶は絶対にしねぇ」 准汰は一人呟いた。 自分さえ頑張れば、踏ん張れば、世界は変わる筈。 准汰はベンチに横になると、静かに目を閉じた。 まだ両親が離婚する前、紀美子がよく金太郎の絵本を読んでくれたことを思い出す……。 微かに残る幸せだった頃の記憶。 “母”の温もり。 涙が一粒、准汰の頬を伝ってベンチに落ちた。
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