30.グッド・ナイト・キス

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星も疎らな夜更け。 夜空の、塗り潰されたような漆黒のバックでもわかる肥え太った雲が泳いでいる。通り掛かりに行き違った星を遮りながら。か細い光を隠していく。星は光を届かぬようにされても、寂しげに、確かに瞬いているのだ。 デスクワークの合間の小休止に、書斎の天窓から見える夜空にユニオン最高評議会議員レグナン・ハウルロイドは思いを馳せた。 ユニオン本部が置かれている人工島「バベル」に隣接する形で造られた居住島群。其処の一番端にハウルロイド家の屋敷は置かれている。 規模こそはあるが一等離れているので静かで薄暗い。居を構えた時は仕事場までの距離と物寂しげな雰囲気にウンザリしたものだが、長く暮らしていると次第に慣れて来るモノだ。今ではこの穏やかな静けさが心地いい。 「年を取ったな…。」 自嘲しながら、カップの中の温い紅茶を飲み干した。 もう今年で四十五だ。老境に立ちつつある。 赤毛の髪はボリュームを残しているが、随分と皺が増えた。肌も艶と潤いをすり減らし、漆喰のように乾いている。 周囲は「まだ若い」と笑うが節々の衰えを自分が一番痛感している。定年までまだ二十年あるが、今の時点でこんな調子ならこの先どうなるだろうか。 レグナンはうだつの上がらない気分のまま、チェック済みの書類を整理して片付けた。パソコン、スマートフォンの電源も消して一息つく。 ふとドアをノックする音が響く。 「あぁ、入っても構わないよ。」 ドアを開き、入って来たのは女。スラリと背が高く、歩みには高貴な気位が感じられる。豊かな金髪に翡翠色の瞳。顔立ちにはまだ充分な若さが残ってはいるが、熟成された魅力も放っていた。
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