30.グッド・ナイト・キス

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「入学して一ヶ月…音沙汰はからっきしだ。辛い目遭っていなければいいが…。」 「それは云わない約束でしょう?」 気弱になりかけたレグナンの声音を、ヴァネッサが毅然と叩く。 「私も、あなたも、あの娘も…。この先多くの痛みが待ち構えているわ。でも人は前に進む事でしか先に行けない、だから全てを受ける覚悟を決めた。」 黙し、切なげな瞳のまま、レグナンは頷く。 「本来…この咎はあの娘が娘が受けるべきモノでは無いわ。でもあの娘はその影響を避けられない立場にいる…。だから、それに向き合わなきゃいけない。背を向ければ、シェリルに与えられる筈の未来から背く事になるもの。」 「咎を受けるべきでないのは君も同じだ。本来ならば…私一人で贖罪すべき事…」 強く呻くレグナンの右手に、ヴァネッサの左手が重ねられた。 「云わない約束よ、レグナン…。それに、私にも罪はあるわ。シェリルの為とは云え…あの娘を無理に困難の渦中、サンドハーストに入れた。…シェリルの為、だなんて都合の良い言い訳ね。でもあの状況だからこそ…シェリルに背を向けさせる訳にはいかなかった。一度背けば、在るべき世界は二度とこちらを向かなくなる。逃げ続ければ…永久にあの娘は前に出て生きる場所を失う。だからこそ、シェリルの逃げ場を奪った…。」 「君の判断は間違っていないさ。確かに辛辣なモノだ、シェリルには大きな苦しみを与えるかもしれない。だが何より辛いのは苦しむ彼女の側にいれない事だ。もどかしいばかりで…胸が詰まる。」 レグナンの口調がまた重々しく濁る。
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