30.グッド・ナイト・キス

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「私達はそれにも耐えなければならない。シェリルが乗り越えるべき困難、シェリルが掴むべき未来は全てシェリルの手で果たさなければならないから…。私達の使命は、彼女を見守り、支え…もし彼女が行き場を無くしたら受け止めてあげる…。それだけよ、それだけ。」 重ねた手から微かな震えが伝わる。レグナンは何か云おうと口を開いたが、後ろめたさが過ぎって、何も云えなかった。 「うん…?」 遠くから電子音が響いてくる。 「…ごめんなさい。」 ヴァネッサはスッと離れて書斎から出た。残されたレグナンは電子音が途切れる様をただ虚しげに聴き届ける。 「レグナン…。いいかしら?」 コードレスの受話器を手にし、書斎に戻って来たヴァネッサの様子が違う。口元はいつもと変わらず、感情の機微を出してはいない。しかし目元が緩んでいる。温かい喜びが差している。 違和を感じつつ、レグナンは頷いた。 「…?あぁ。」 受話器を受け取り、耳を当てた。 『…お父さん?』 「っっ!!シェリル…!」 気道を潰さんばかりの驚愕で咽せかけつつも、レグナンは呼吸を整えた。 「あぁ、ああ…シェリルか…。元気にしていたか…?」 『あ、うん…。元気…です。』 親子間の会話はこうもぎこちないモノだったか。歯がゆさと共に、一ヶ月で開けた互いの距離を、レグナンは痛感する。
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