30.グッド・ナイト・キス

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声が途絶えたコードレス電話を手にしたまま、ヴァネッサは立ち尽くした。表情に変化は無い。だが無表情では無い。仏頂面の下には複雑に渦巻く感情があるのだと窺わせる。そんな、躍動的な沈黙だった。 「ヴァネッサ。」 「っ!ああ…ごめんなさい。」 そそくさと書斎を出ようとすると、レグナンが呼び止めた。 「君は…やはり母親だな。」 「ちゃんと役目を果たしていたらそうでしょうね。」 「君は立派な母親さ。」 レグナンは微笑んだ。シェリルからの連絡で、久々に活力が生まれたようだ。 「今は、シェリルを信じよう。彼女を信じる事で、シェリルを支えられる。それに君と巡り会えた私の娘だ、きっと立派な友人なんだろうさ。」 「あなたに巡り会えた私の娘なら…いい男子を見つけるでしょうね。」 「ん、んむ、そうだな…。」 狼狽するレグナンの素振りにヴァネッサは笑みを落とす。 「私達の杞憂でしたね。」 「ああ。シェリルは…ずっと強い子だ。」 安堵と共に誇らしげな感慨が生まれる。遠く離れていても、シェリル・ハウルロイドは自分達の娘なのだと。 それだけで、信じ抜いていける。 天窓から見える夜空は、雲間を広く開いた。か細いながらも、強い閃光が一筋一筋、地上の瞳に届けようと瞬いている。
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