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『ああ、今宵も清々しい程に暑苦しいな。これなら熱湯にでも浸かっていた方がマシといったものだ』
黒髪を靡かせそう呟き、顔に被せた仮面を右手で軽く抑えながらも、左手で前髪を後ろへと流した。
白い半袖のワンピースに、流れる黒髪。不気味なくらい真っ白な肌ではあるけれど、とても艶やかとしている。体は全体的に華奢な作りだ。
どこぞの令嬢とも思えるような見掛け。しかし、それは重要となる部分を除いているから。
顔の半分を覆う仮面。これさえなければ本当に令嬢で通るはず。
なぜこんな「自分は怪しい者です」と語らずとも現せるものを付けているのか。
曰く、正体を隠すためらしい。一体誰から正体を隠しているのかは良く分からない。だから僕は仮面を外したところを見た例がない。
けど、それで構わない。気にならないと言えば嘘になるけれど、見せたくないのなら別にいい。嫌がることを無理にするほど、僕の性格は悪くない。
ただ、そのおかげで性別の判断には些か困った。顔を見れば大方の判断出来るものが、仮面で隠れているのでどうにも見分けが付けられなかった。
確かに一見女性に見えるけれど、男性という可能性がないとは言い切れない。体の凹凸も少なく、それが加えて困惑させる要因の一つだった。
意を決し女性かと尋ねれば、然も当たり前といった様に頷いて見せた。
顔というパーツの大事さを認識させられる一場面だ。
今になって考えれば、ワンピースを着ていたのだから女性に決まっている。
「何言ってるの、どうせ暑くなんかないくせに」
『ふんっ、何とも情緒のない奴だ』
そう言って彼女は僕を追い越し、振り返らずに数メートル先の電灯の下まで先に走って行った。
彼女は電灯の下で空を見上げている。仮面のせいで月を見ているのか、それともただ上を向いているだけなのか。そもそも、仮面を付けていて本当に見えているのか。僕にはその判断はつかなかったけれど、彼女がしたように僕も同じ夜空を見上げてみた。
今夜は細い三日月だ。彼女の被る仮面の目は、今夜の月の様に細い三日月の形をしている。湾曲した細目は、薄気味悪い笑顔を浮かべているのだ。
もしもその目の部分に今夜の月がはめ込まれれば、それはもう不気味なことこの上ないだろう。
『ほら、何をしている。早く行かないと置いて行くぞ』
「はいはい」
それは何とも、くだらない発想だ。
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