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僕らは飲み終えてから家に戻ることにした。ただ歩きながら飲むは疲れるので、近くの公園でだ。
僕と彼女が今居るのは、家の形をした小さな遊具の中。彼女がこの中に入ったのを見て、思わず一緒になって入ってしまった。
子供の頃はどうってことなかったのに、この歳になると少しの砂ですら気になってしまう。椅子に付いた砂を軽く手で払ってから椅子に座り、中を見回す。
僕一人入っただけで窮屈なこの遊具だけれど、幼い頃はここで数人集まって遊んだものだ。
秘密基地と称して籠もってみたり、内対外で泥団子を投げあったり。幼い思い出が詰まった場所ではあるが、加齢と共に使用頻度が下がり、いつの間にかこの公園にすら訪れなくなった。
しかしそれはやはり、仕方のないことなのだろう。
そんなノスタルジーに浸る僕を引き摺り上げたのは、そっと呟くようなか細い女の子の声。
いつもの彼女でないことは分かっている。こんな普通な声の掛け方など、彼女がするはずがない。こういう場合の彼女は、僕を驚かせようと何とも気の利いた声の掛け方をするのだから。
僕は声のした方へと顔を向けた。この位置からでは上手いこと顔だけ入らず、首なしのように見えてしまう。それにも関わらず声の主が女の子だと確信出来たのは、どこかの彼女とは違い体の凹凸がはっきりしていたからだ。
実際、そんなところを見なくてもスカートを履いているのだから、アレな人でなければ女性であることは間違いない。
ちなみにその彼女はいつの間に姿が見えずにいるが、その内帰ってくるからどうでも良い。
「もしかして、黒木?」
もう一度、この小さな家に響く声。その声は僕を呼び、ましてや名前まで知っている。こんな時間に出歩く不良な友人は居ないはず。もっとも、友人と呼べる程深い付き合いの人が、僕にいるのか。
まあそういう訳で、僕を呼ぶその女の子を僕は知らない。そういうことにしておこう。
だから僕は「違います」と嘘をついておいた。
知らない人に声を掛けられても無視をしましょう、と小学校でも言われるはず。あぁ、でも返事をしちゃっているか。
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