幕末鎮魂歌

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   人の人生が白と黒に分類されるなら、俺の人生は間違いなく黒に属する。  それを迷う事なく言えるくらいに、俺の人生は常人とは違っていた。  人が生きていく為に日銭を稼ごうと汗水流して働く時、俺達は少しでも的確に人の命を奪う為に剣を振るい、腕を高める。  人の世は、善と悪では計れない。それは俺の師、近藤勇が常々隊士に言っている事だ。己が正義だと思い込んでいる事が、他方では悪かもしれない。己の正義を信じした事が、誰かの不幸を生んでいるかもしれない。  完全な正義も完全な悪もあり得ない。  勝ち負けがこの世の正義とは誰が言った言葉か。  勝ち負けがこの世にある限り、世界中の平和はありえない。  だからこそ、恒久の平和と平穏はないのだと。  だからこそ、争いは絶えないのだと。  哀しそうに目を細めて彼は言う。  変えられない現実を嘆くように。  俺は同じように顔を歪め、その横顔をただ見つめることしかできない。 ―*―  竹刀のぶつかり合う音と床板を強く蹴る音だけが、木を組んで造られた空間に響きわたっていた。  一度、二度、三度。幾度となく降り下ろされる竹刀を後退しつつも確実に竹刀で受け止める。  こいつは力よりも技術型らしい。一撃はそう重くないが、確実に急所を突いてくる。それに加えて韻を踏んでいるため軌道が読みやすい。  次の攻撃の軌道を先読みし、体ごと交わして背後に回り込む。男は俺が突然視界から消えたように見えたのだろう。俺の読み通りの場所に振り下ろした竹刀をそのままに左右を見渡していた。俺はその背中の、心臓の位置に竹刀を突きつける。 「このまま一突きすれば、お前は死ぬ」  俺の言葉と背中に当たる異物の存在に、早々に今の状況を察したらしい。察しがいいのは誉めるべき点だ。男――藤堂平助は大げさに身を震わし、慌てて振り返った。顔には驚きの色が濃く浮かんでいて、俺は小さくため息を吐く。
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