日差しと図書室

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 オッサンの書き下し文を読む声が、机に突っ伏している俺には少しばかり遠く感じる。のそのそと顔を上げて時計を見上げると、さっき見た時から五分と進んでいなかった。  仕方なくそのまま体制を直して、古文の教科書を読むふりだけをする。数分もしないうちにそれすらも苦痛に感じはじめた時、文字と文字の行間に、ポトッと水滴が落ち、紙面に丸いシミを作った。うっすらと、裏のページの文字が反転して浮き上がってくる。 (……暑い)  水滴の正体は、俺の顎を伝って落ちた汗。今俺は、昼間の太陽の日差しを存分に浴びていた。  三日前に席替えが行われ、俺は窓際の一番後ろというベストポジションを引き当てたわけだが、今はもう六月の終わり。タイミングの悪いことに、カーテンはクリーニングに引き取られてしまっているため(誰かがジュースをぶちまけたらしい)、今の時間、午後の三時のこの場所は、太陽が何にも遮られることなく俺を照らす、灼熱地獄となっていた。  今日最後の授業は、体育や移動教室などではなく、残念ながら席を離れることのない古文だ。開け放たれた窓からは僅かな、本っ当に僅かな微風が入り込んで、俺の髪を申し訳程度に揺らす。  もちろん、それだけで俺の汗が引くわけがない。あまりに無力な風がはたと止むと、後は再び初夏の日差しに身を打たれるしかないのだった。
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