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「ケーキ、食べよっか」
テーブルの上の姉ちゃんの作った料理がほとんど空になった頃、大引先輩が提案する。姉ちゃんと先輩が、取り皿を台所に取りに向かった。
「明日のデート、頑張んなさいよ」
二人が居なくなると同時にボソッと、向かいから声が聞こえた。そこにいる大引先輩の表情はどこかからかっているような、応援してくれているような、そんな笑顔だった。
やっぱりさっきの会話は聞かれていたみたいだ。この分だと、先輩も向こうで姉ちゃんに色々言われているだろう。
「頑張るって、何を頑張るんですか」
「そりゃあ、もう明日のうちにヤっちゃうくらいに」
「……」
ニシシと笑う大引先輩に、俺は返す言葉が見つからなかった。
何言ってるんだかな……。
先輩ももちろんだろうけど、俺だってそんな未知のことは、まだまだ先の話だと思っている。早い話、大引先輩の言葉を借りるなら"ヤっちゃう"ことに対する心構えなんてこれっぽっちも出来てやいないのだ。
かといって、気の遠くなるくらいに先の話でもない……はずなんだ。それもこれも全部、俺と先輩の気持ち次第なのだけど……。
「なんてね。さっきの言葉を本気にしてるようじゃダメよ? 君と夏芽は、ゆっくり仲を深めないと」
はり付けられた微笑に、真面目な口調。それは間違いなく、俺を諭していた。
――そんなこと、言われるまでもないことだ。
もとより俺自身、コトを急ごうなんて思っちゃいなかった。
今の俺は、先輩と一緒にいて、先輩と会話をして、先輩に触れて、先輩とキスができたら、それでもう十分すぎて心がパンクしてしまうくらいに満たされる。
だから、触れたりキスをしたりするその延長線上の行為を、今の俺は強く求めてはいなかった。
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