始まりの騒動

3/35
前へ
/921ページ
次へ
それからどのぐらいの時間が過ぎたのか――。 周りから呻く声が聞こえて僕は目を覚ました。 とても苦しそうな呻き声が多く聞こえる。 マイクロバスが逆さまになっている様子だった。 バスの外からは、マネージャーの女の子が叫ぶ声が響いていた。 「たすけてー、たすけてー」と――。 何が何だかわからない。 僕の上に誰かが覆いかぶさっていた。 一人じゃない。二人、否、三人ぐらい覆いかぶさっていた。重くて動けない。 その上から呻き声が聞こえる。 「痛い」「苦しい」と、聞こえてくる。 僕の肩や首筋に暖かいものが垂れてきていた。 真っ赤な鮮血――。 僕に覆い被さっている誰かの血だ。 僕は、下敷きになって身動きが取れないが、重み以上の苦しみはない。大きな怪我はしていない様子だった。 しかし僕らは、四時間近くそのままの常態で放置された。 だが、僕に取って本当の苦しみは、救出されてからだった。 あとから知った話だが、僕らの乗ったマイクロバスは、父の運転ミスでガードレールを突き破り二十メートル近く土手を転げ落ちたらしい。 事故現場は市街に向かう山中。事故がおきてから救出されるまで4時間掛かった。 事故の原因は父の過失。 マイクロバスに乗っていたのは、顧問の男性教師と二十一人のサッカー部の生徒たち。 殆どの生徒が怪我をして、うち五人は骨折などをする重症。うち一人が頭を強打して死亡した。 即死だったと診断された――。 死んだのは、僕の上に覆い被さっていた一人だった。 ひとつ上の先輩だ。顔も良く覚えていた。仲も良かった――。 救出された僕は、彼の血液で上半身を紅く染めていたが、幸運にも無傷だった。 それもまた切ない――。 事故を起こした父は、軽症だったが検査のため入院した。しかし直ぐに退院することになった父に、警察から出頭願が出された。 その日の父は、朝早くから警察署に出頭すると母に云って家を出て行った。 だが父は、その日を最期に家には帰ってこなかった。警察にも出頭していない。 町の人は、父が逃げたと噂した。 しかし父は、数日後、山中の神社で見つかった。 境内の木の枝で、首を括っていたのを発見されたのだ。 ――自殺である。
/921ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2093人が本棚に入れています
本棚に追加