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それからどのぐらいの時間が過ぎたのか――。
周りから呻く声が聞こえて僕は目を覚ました。
とても苦しそうな呻き声が多く聞こえる。
マイクロバスが逆さまになっている様子だった。
バスの外からは、マネージャーの女の子が叫ぶ声が響いていた。
「たすけてー、たすけてー」と――。
何が何だかわからない。
僕の上に誰かが覆いかぶさっていた。
一人じゃない。二人、否、三人ぐらい覆いかぶさっていた。重くて動けない。
その上から呻き声が聞こえる。
「痛い」「苦しい」と、聞こえてくる。
僕の肩や首筋に暖かいものが垂れてきていた。
真っ赤な鮮血――。
僕に覆い被さっている誰かの血だ。
僕は、下敷きになって身動きが取れないが、重み以上の苦しみはない。大きな怪我はしていない様子だった。
しかし僕らは、四時間近くそのままの常態で放置された。
だが、僕に取って本当の苦しみは、救出されてからだった。
あとから知った話だが、僕らの乗ったマイクロバスは、父の運転ミスでガードレールを突き破り二十メートル近く土手を転げ落ちたらしい。
事故現場は市街に向かう山中。事故がおきてから救出されるまで4時間掛かった。
事故の原因は父の過失。
マイクロバスに乗っていたのは、顧問の男性教師と二十一人のサッカー部の生徒たち。
殆どの生徒が怪我をして、うち五人は骨折などをする重症。うち一人が頭を強打して死亡した。
即死だったと診断された――。
死んだのは、僕の上に覆い被さっていた一人だった。
ひとつ上の先輩だ。顔も良く覚えていた。仲も良かった――。
救出された僕は、彼の血液で上半身を紅く染めていたが、幸運にも無傷だった。
それもまた切ない――。
事故を起こした父は、軽症だったが検査のため入院した。しかし直ぐに退院することになった父に、警察から出頭願が出された。
その日の父は、朝早くから警察署に出頭すると母に云って家を出て行った。
だが父は、その日を最期に家には帰ってこなかった。警察にも出頭していない。
町の人は、父が逃げたと噂した。
しかし父は、数日後、山中の神社で見つかった。
境内の木の枝で、首を括っていたのを発見されたのだ。
――自殺である。
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