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時は夜である。
薄暗い廊下を女性が歩いていた。コツリコツリとハイヒールの音がコンクリート作りの床を鳴らす。
白いハイヒールの踵が奏でるテンポはわりと速い。
早足で歩く彼女は、急いでいるのでなく、いらつきから歩みが速くなっている様子だ。
此処は、深夜の総合病院である。
既に消灯時間が過ぎており、灯りいえば非常灯と、天井にある複数の小さなライトが、ぼんやりとしているだけだった。
なんとも寂しく薄気味悪い。
女性は、白衣であった。
彼女の名前は、北枕夢子。この病院に勤めている女医である。
先程まで彼女は、大勢の急患に慌ただしい夜を送っていた。いらついた表情に片眉が釣りあがっている。
現在は仕事も落ち着き休憩時間となっている。
向っている先は、病棟であった。
やがて白衣の女医は、とある病室の前に立つ。
ネームプレートに、「鬼頭」と書かれている。
「入るわよ――」
中から返事は無い。
女医はノックもせずに病室の扉を開けた。ツカツカとハイヒールを鳴らしながら病室に入って行く。
部屋の中は個室であった。
電動ベットがあり、その横にテレビある。その向こうに窓があった。夜の景色が黒々と見えていた。
ベットの背もたれが起きており、寄り掛かるように男性が横になっている。
寝ていない。起きている。首だけを曲げて窓の外を眺めていた。
鬼頭本人である。
個室の入り口横には、三人のヤクザ者が椅子に腰掛けながら眠っている。
壁や仲間の体に寄り掛かり三人とも熟睡していた。
男が女医の方を向いた。
「やっぱりお前か――」
四角い顔の強面。ヘアースタイルは気合の入ったパンチパーマ。恰幅がよい。右頬には、刃物で出来た傷があった。歳は六十ぐらいに見える。
下半身にはシーツが掛けられているが両手は上に出ている。その拳は大きく岩のように硬そうだ。
一目で喧嘩が強そうだと判る。
「私が来るの、予想できたの?」
「ボディーガードのそいつらが、いきなり鼾をかき始めたからよぉ、そうじゃねえかと思ったぜ」
「こんな脇役に、聞かせるような会話をしに来たわけじゃあないからね」
「でぇ、何しに来た」
「報告よ」
「報告――。外のか、内のか?」
「外のよ」
「悪いニュースか、良いニュースか?」
「悪いニュースと、微妙に良いニュースよ」
「じゃあ、どちらから聞かせてくれる?」
「根掘り葉掘りね。ちょっと、くどいわ」
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