その夜の話

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「よく言われる――。だが、慎重と言い換えてもらえねぇ~か」 「雑な程に怖い顔しているのに、細かいわよ。似合わない。もっと、イメージ通りに大雑把に振舞いなさいよ」 「イメージと違うから、極道で成り上がれたんだぜぇ」 「あらあら、そうですか――」 「北枕先生よ――」 鬼頭の口調に、凄みが走る。声色が変わった。女医を脅す。 「極道を舐めてもいいが、俺を舐めるのはいけないぜ。 あんまり口が過ぎるとよ、その白衣を剥ぎ取って、オXコに腕を突っ込んで、子宮を引っ張り出してから、発情したドーベルマンに犯させて、犬だか人だか分からない生き物を、三度孕ませるぞ――」 北枕夢子が、鬼頭の強面を見ながらキョトンとする。怯えた様子はない。 そして、少しして微笑む。 「脅しが長いわよ」 今度は鬼頭が微笑んだ。 「けっ――。さすがは化け物だな。人間相手に通じる脅しも、効きやしないか」 「失礼ね。まだ人間の積りなんだけど」 「失礼は、お互い様だ。ドクター」 「ふんっだ」 女医が可愛らしくそっぽを向いた。少々年齢に合わない仕草だった。 北枕夢子の外見は、二十代半ばに窺えた。しかし実年齢は不明である。彼女は年齢を語らない。いつも隠す。 「でぇ、先生よぉ。報告ってなんだ?」 「先ずは悪いニュースよ」 「なんでもいい、早く聞かせろぃ」 「はいはい、せっかちね」 「早ゃぁく!」 「報告しま~す。悪いニュースってのは、あんたが差し向けた手下共は全員やられたわよ」 「全員? 高岡に坂東か?」 おそらく二人が自分の命令に従い、ヴァルハラ討伐に出陣するだろうとは鬼頭にも予想できていた。しかし、手下に誰を使うまでは予想していなかった。 「そう、九人。確か、鴇尾英太、神田淳、番場竜拳、芝克己、金本哲司、真田兄弟、――だったかしら」 「すげーな、フルネームで覚えているのか……」 「そこらの極道とは、学が違うのよ」 「でぇ、全員壊滅か――」 「ええ、壊滅。しかもヴァルハラ探偵の連中を、一人も狩れなかったわよ」 「そうか……。あの二人には期待していたが、なんとも情けないな」 鬼頭は高岡と坂東の二人に日頃から目を掛けていた。あの二人は他の極道たちと違うからだ。一本筋が入っている。
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