その夜の話

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「すまないのだけど、彼に武術の基礎を教えてやってはくれないか?」 「武道を叩き込めと?」 「ぼ、僕にですか……?」 昂輝は戸惑いながらも所長を凝視した。眼一郎は黒いアイパッチを付けた顔で微笑んでいる。そして話を功凪老に向ける。 「叩き込むまでいかなくてもけっこうだ。ただ、基本ほ教えてやってくれ。弟子とか師弟とか言わなくてもいい。勿論指導料として月謝を事務所から払うよ」 「ほほ、それなら構わんが」 「ですが、基本だけですかい、所長さん?」 武天老師の一番弟子が問う。 昂輝も同じ質問を行ないたかった。何故に基本だけなのだろうと……。 赤股の質問に眼一郎が答える。 「私はね、昂輝君を一端の探偵に育てたいのだよ。この事務所のエージェントとしてね」 「眼一郎。やけにこの少年を買っているな」 「ああ、彼は面白いからね。 狼に変身して不死身。呪いの効果で滑稽なほど不幸だ。見ていて愉快そうだ。実にユニークだよ」 眼一郎は笑顔で酷いことを言っている。息子の軒太郎も、うんうんと、頷いていた。 この親子は、昂輝で遊んでいる。 「できれば手元に置いておきたい。他所に取られるには勿体無いからね」 買われているのか、遊ばれているのか、微妙に感じる昂輝。ジョークだと受け取りながらも表情が引きつっていた。 更に眼一郎が語り続ける。 「うちの事務所には超一流の武道家が二人もいる。三人も要らないよ。 それよりも、もっとメンバーの個性を分散させて、バリエーション豊かな仕事に対応できるようにしたいのだよ」 「なるほどのぉ」 腕を組んでソファーの背もたれに寄り掛かっていた功凪老が、こくりこくりと頷いた。 赤股も「それは面白い」と言っている。 「格闘技家、武器使い、カード使い、爆弾使い、人体改造、それにウルフチャンジャーの不老不死。 所長として鼻が高い。個性溢れるメンバーを雇えてうれしいよ。 しかしだ。死なない狼男だけではパンチが弱い。事実、他のメンバーに比べて実力も低い。 彼の死なない能力は負けない能力でしかないからね」 昂輝の不老不死に対して眼一郎は、そう述べた。昂輝の考えと一緒である。 「だからと言って、ただ武術を習得して強くなったのでは極道コンビと変わらないじゃないか。強さのジャンルが狭すぎる」 「じゃあ、お主は、この少年をどうしたいのだ?」 「老師の言うとおりです父さん」
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