その夜の話

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「じゃあ、二人とも気を付けて帰るんだよ」 「はい、軒太郎さん。おやすみなさいです」 「おやすみ~」 昂輝と憑き姫の二人は、軒太郎に見送られながら事務所を出てビルの階段を下って行く。 憑き姫の手には、スーパーのレジ袋に入れられた夕食の残りが下げられていた。肩には豚汁の入った水筒も下げられている。 本当に持ち帰るらしい。 二人が赤茶色のレンガで作られた古いビルを出て行くと、辺りはすっかり暗くなっていた。裏路地には人が疎らに歩いている。 ほんの二時間前までは、ヴァルハラエージェントとヤクザたちが戦っていたとは思えないほど静かである。 しかし、戦闘の痕跡は複数残っていた。 路地の隅に倒れている自販機。アスファルトに刻まれた幾つもの傷。人型の窪み。 それらが残っているが、歩く人々は気に止めていない様子である。 時間は二十二時ぐらいだ。憑き姫は眠たそうな目をしている。 十一十二歳程度の子供ならば、そろそろ寝ていても可笑しくない時間帯である。 憑き姫の歩みに力が無い。眠たそうだ。 昂輝は所長の眼一郎に言いつけられて、憑き姫を家まで送ることになった。他のメンバーは、事務所で酒を飲むらしい。 昂輝にとっては、年の離れた大人たちと酒を飲むより憑き姫を家まで送って行ったほうが、楽しい任務である。 昂輝も憑き姫を送ったら、砂壷荘に帰るつもりだ。 話によれば、憑き姫の住んでいるマンションは、砂壷荘の方角にあるらしい。徒歩だと十分程度の遠回りで済むらしい。 昂輝と憑き姫は、横に並んで夜道を歩いた。 夜風が涼しい。 憑き姫は、あまり話さない。いつもだ。 人見知りしている訳で無さそうだ。人と会話するのが得意でない様子である。 歩く二人に沈黙が流れる。 しかし沈黙の中に苦痛は感じられない。心地よい静けさのような沈黙である。 憑き姫の醸し出す沈黙は、慣れてしまえば、そんな感じである。 だが、いつまでも黙っているは、昂輝の男の威厳のようなものが許さなかった。 隣に乙女が居るのだ。幼くても美人だ。可愛い。それなのに何も話さないのは、ある意味男性として失礼といえよう。 そんな気を利かせて昂輝の方から会話を始めた。 「ねぇ、憑き姫」 「なに?」
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