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「嗚呼、君よ――どうしても行ってしまうと言うのか……。
仕方ありません。これも私の運命です……、受け入れますわ。
悲しい、悲しい。そんな簡単に悲しいことを言わないでおくれ。君は怖くないのかい?
……震える程恐ろしいですわ。――けれど、もう一つの心が叫ぶのです。あなた様を失いたくないと――!」
『運命』と書いて『さだめ』と読み、『もう一つの心』と書いて『本能』と読む。脚注にはそう記してある。そんな台本だった。
――静寂がおとを吸い込み、冷気が町を閉じ込めるその一角。
在るのは、闇と月と瞬く街灯だけ。あるいは、ぽつんと道化を演じる少女のみ。
「――……、」
澄んだ赤だった。薔薇の清らかな精彩さにも似た、または、毒々しさが混じる血に似た赤が、刷毛で撒き散らしたようにしぶいていた。
赤く濁った水溜まりを踏み付け、闇に溶け込む宵澄 雨一(よいずみ あめいち)は滑稽なカップルを口演する。
端から見た通り、並外れた少女だった。
歳は十七だったが、それに見合った幼さが全くと言っていいほど無い。
闇に佇むその姿は現世のものというより、地獄のそれに近かった。
茶褐色で、今風にアレンジされた曲がりステッキを片手に、黒いセーラー服、腰まで届く闇色の髪を流し、同じ色の、黒曜石みたいなどこか鋭さを持つ瞳。
闇、黒、夜、――漆黒で統一された容姿は常闇そのものを連想させる。
「……」
その藜(あかざ)の杖を赤で侵された鼠色の壁に立てかけると、雨一はぱらぱらと台本を読み進め、やがて元の頁へ戻った。
物語の粗筋はこうだ。
雨一演じる貴族のナスカーと、尚又雨一演じる庶民のキャリーは互いに恋をしてしまう。恋の障害は大きく一時は引き裂かれてしまうが――という、ベターなものだった。
そして雨一が音読していたのは物語の終盤。
一段落させ、また続けようと喉を鳴らし、芸術品みたいな唇を開く。
「――、」
「相変わらず、というか。なんというか。……よう目が利くお方ですなぁ」
パタン、
それに、躊躇も逡巡もなかった。
ただ一閃、
「――!」
閉じた台本で声の出所を薙いだのだ。プリーツのついた黒いスカートがふわりとはばたく。
雨一は忌ま忌ましそうな表情で、きゅっと結んだ赤い唇を再度開いた。
「あまり調子に乗るなよ。金翅鳥(ガルーダ)」
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