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その可憐な容姿からは想像できないほど、荒々しい言葉遣いで、且つ、光を宿す誇り高い黒玉で睥睨する。
神を乗せ、竜を喰らう神鳥の名で呼ばれた女は凄絶に美しかった。
華やかな遊女風の着物を艶(あで)やかに着こなし、
遥か月光を受け天使の輪が光る黒のセミショートを玉簪で留め、
枝垂れ桜が微かにぼやける番傘を開き、
優雅に空を闊歩するその姿はあまりにも厭らしい。
雨一を漆黒の、夜の、闇の宝石と例えるなら、金翅鳥はほとばしる光が眩しく、美しい花火だった。
美しさを閉じ込めたような宝石の閑麗さはなくとも、一瞥しそれに魅入られたときの端麗さはそれを凌駕する。決して勝るとも劣りはしない。
「調子になんて、冗談。うちはいつでも自戒自制やよ」
金翅鳥は一閃を軽く往なしたあと、ないはずの空の階段を蹴って、雨一を俯瞰し月を背負いつつ、番傘を翻しこう続ける。
「雨一はんこそ調子に乗ってるちゃうん? うちのペットをそんなにして」
『ペット』と書いて、『ヒュドラ』とルビをふった。
言葉こそその容姿にそぐった風だが、纏う空気は内の激情を映している。
そしてその赤眼の先には雨一と、原形を持たないぐちゃぐちゃの、細長い肉塊が、居た。
「ふん……単独で動く方が悪いんだ。まして貴様がいない海蛇など恐るるに足りん。
さあ、この偽りの世界を戻せ。さもなくば――」
「さもなくば。――なんやて?」
――!
声も上げられなかった。唇には憎き宿敵の、金翅鳥の、唇。咄嗟に、唇をぎゅっと結び、思い切り暴れようと、決起する。
けど。
まるっきり動かなかった。力を入れた端から、虚空に消えていく感じだった。
堅く閉じた唇も、あっという間にこじ開けられ、ねっとりと甘美なまでの赤い舌に蹂躙される。
「ちゅ……、ヒュドラは焼き斬ったくらいじゃ死にゃせんで。存在そのものを消すつもりで……、そうやな……、即死級(タナトス)のそれなら、有り得るかもしれんねえ」
巧笑、戯笑、最後に、呵呵大笑。そして、肉塊から再生し雨一を動かぬ身体にした張本人のヒュドラも思わず口許を歪めた。
死を克服した海蛇『ヒュドラ』。紫電色の鱗に、白く雄々しい牙、額の三日月型の紋様。そして赤い〝ヒュプノスの瞳〟。身体こそ小さいが、秘められた巨大過ぎる力は、
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