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「ただいま」
くつを脱ぎながら、奥にいるであろう住人へと声を飛ばします。
すると、くつをそろえようとまえかがみになった少年の小柄な背中に、少女のすきとおった大声がおおいかぶさりました。
「おそい! スープが冷めてしまったわ。今日のはとくに上手くできたっていうのに」
その声を聞いておもわず、びくり、身を固まらせたひょうしに、少年の持つ紙袋から薄むらさきの実が、一つ二つ転げ落ち。
まずい、と少年が思い、それを拾おうと手を伸ばし。
結果、少年が両手で持っていたにもつは当然のように落ち。
その中身は開放されたかのようにいきいきと飛び出し。
はるばる歩いて調達してきた品がろうかにばらまかれた光景は、少年の肩を盛大に落とすにあまりあります。
「ああ、何やってるの!」
あわてて先ほどの──つまり、今の原因となった──声の持ち主である少女が、玄関から一歩も動いていない少年のもとへとかけよってきます。
少年の足もとを確認し、金色の長いかみを肩のうしろに流して小さくため息。
そして少女は、わたしは怒っているんだ、という意思が惜しげもなくこめられた半目で、少年の赤い瞳をのぞきこんできます。
青ガラスでつくられたようなけがれのない瞳も、それにかかる長いまつげも、整っているからこその怖さが、そこにはありました。
「ご、ごめん、イスナ」
スープを作る時間をおそくすればよかったじゃないか、とは少年にはとても言えず、縮こまって心から謝ります。
少女がさいしょに確認したものは、落ちてきたジャムの瓶で少年が足を怪我してないか、でした。
それを少女の目線からわかってしまった少年には、もはやこの場で勝てる見込みはありません。
うつむいた姿勢のままひざを折り、少年はにもつの回収へと動きます。少女もそれにならい、少年よりもいい手際で、落ちた品を着ているワンピースのすそで作ったかごにのせていきます。
そして、このあとに続く少女の言葉が、少年にはすでに予測がついていました。
「ほんとうに、エノはわたしがいないとだめなんだから」
品が傷ついていないかを確認しながらつぶやかれた少女の言葉が的中し、小さくふきだした少年は、またしても少女からにらまれるのでした。
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