一章 日常からの乖離

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 触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったもので、それが風習となっている事に一抹の寂しさを感じるが、現代の社会の中ではこれもありふれている事だ。  しかし、誰もが見て見ぬふりをする中、一人の少女が彼に近づいていった。  年の頃は十六、七といった所だろうか。  肌理(きめ)の細かそうな栗色の長髪は陽光に照らされて燦然と輝き、透き通るような手足は触れるだけで壊れてしまいそうな程に細い。  小柄な顔は誰もが振りかえるほどに整っており、誰が見ても美少女と冠するのは間違いなかった。  若干、冷たそうな印象を抱いてしまう蒼い瞳も、なぜか妙な魅力を放つ。  その彼女が翔の蹲るベンチの前に立った。  そして―― 「……あれ?」  彼女が手を翳すと、翔は小さく疑問を口にしながらゆっくりと起き上がった。  あれほど苛んでいた痛みも影を潜め、夢だったのではないかと勘違いしてしまいそうな程に何も感じない。  そして、翔は目の前に誰かが居るのに気がつくと、 「君は?」  逆光のせいで目を細めて彼女に問う。 「……」  だが彼女は無言のまますぐに翻し、その場を離れようと歩み始めた。 「ちょ、ちょっと待――」  慌てて声をかけようと立ち上がるが、彼女はすぐに人混みに紛れて見えなくなってしまう。  逆光のせいで、顔も確認することはできなかった。  分かったのは一瞬見えた瞳の中にある澄んだ蒼に、そして後ろ姿だけ。 「なんだったんだ……? それにまたあの痛みは……」  いくら考えても答えは出ず、諦めるように溜息を吐くと、 「帰るか」  そう呟き、彼女の消えた雑踏の中に足を踏み入れた。  翔の事を遠くから見つめている事に気がつかないまま……。 '
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