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―――京・島原付近―……
綺麗な満月の輝く夜。
提灯の赤い灯り。そして遊里の賑やかな音が、その恩恵を受けてぼんやりと僅かに明るい細い小径(こみち)に小さく響く。
その小径に蠢いていた黒い影。
暫くのろのろと歩いていたのだが、急に側の塀に手を付き、よろりと座り込んでしまった。
―――――臭い……
――臭い……
血生臭い……
どうしよう、やっぱ堪えられない
堪えられない堪えられない堪えられな
「……ゔ…ぇえ゙……っ……」
胃液がこみ上げ、
押さえる間もなく溢れ出た。
何時もこんなことの繰り返しである。
こうなるのはわかってはいたけど。
でも毎日、今日こそは克服出来るのではないかと密かに願っているのだ。
「ぐ…っ……くぅ…っ…」
生理的な涙が
ソレと同じように溢れ出る。
「……………く、は、あ……」
幾分吐き気が収まると、
歪んでいた視界を元に戻すために涙を拭い、ゆっくりと呼吸を整えてゆく。
そうしている間に、いつの間に来たのか、背後から男の声がかかった。
「……なんだ、またかぁ?
汚ったねーな……
お前いつまでそれを引きずる気だ?
何年やってんだ、この仕事。」
辺りに広がった酸の臭いに顔を歪ませた男は、腕を組みながら話しかける。
「……し、仕事はちゃんとやってる……
文句は…無い、でしょ……う……」
苦しそうに
嘔吐を繰り返していた影が顔を上げた。
「……うるせえ。
仕事トロいくせに。
口答え出来る立場じゃねーだろーが。
まだ残ってんだろ
吐いてねぇで はやく行け。」
男の鋭い目に睨まれ、
嘔吐していた影――まだあどけない少女は
フラフラと立ち上がった。
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