(一)友達の痛み

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 こいつ、無所属の上に遅刻してきたんですから」 「マジ? そうなんだ」  確かに沙希はほんの少しだけ遅刻をしてきた。  いよいよ説明をしようとしているところに入ってきたのだ。  それについてはちゃんと謝罪もしたし、このスタッフも何も言わなかった。  沙希はそれで参加を許されたものだと思ったのだ。 「ま、正直、忘れてたんですけどねー」  馬鹿にしたような物言いに沙希は眉をしかめる。  内心はこの場で前蹴りして、ひざまずかせてやりたかったが、理性でかろうじて押さえこんだ。 「どうすんだよ」 「無視でいいでしょ? 遅刻してくるモデルを採用されたら、俺等がたまったもんじゃないし」 「そうだけど……俺は知らねーぞ」 「と、言うことで、ごめんね? えーと、石丸さん」  スタッフの態度はオーディションを行っている最中とは全然違った。  オーディションで採用するモデルが決まってしまえば、沙希は不要なもので、敬意を払う必要もないと思っているようだ。  それはやはり文句を言ってくるところがないと思っているからできることで、沙希は奥歯を強くかみしめた。 「……この度は、遅刻してしまいまして、大変申し訳ありませんでした。  もしまた機会がありましたら、よろしくお願いいたします」  沙希は震える手で付けていた番号札を外した。  そして、スタッフに差し出す。
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