(一)友達の痛み

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 話し方もどこかオドオドしている気がする。 「モデル事務所の新入社員でして」  そう言いながら、内ポケットから名刺を取り出した。  沙希は「モデル事務所」と聞いて、興味を持った。  自分にもついにスカウトが来たんだと思ったのだ。 「シジマ・モデル・エージェンシー?」  聞いたこともないような事務所の名前だった。  以前からどこのモデル事務所に所属すれば有利なのかとか、いろいろなモデル事務所を比べているが、この辺にあるなんて聞いたこともなかった。 「聞いたことないと思うですけど、TEENsとか、butter-flyとかの有名なファッション誌にモデルを送り込んだシジマさんが独立して建てたんですよ。  もちろん出来たてですから、モデルさんが少なくて。  仕事はあるんですけど、まわしきれないのが現状でして」  やけに丁寧に説明してくれるから、沙希はすっかり聞きこんでいた。 「もちろん、こういう風に言うと、詐欺会社じゃないかって疑う方もいらっしゃるんですけど」  そう言われて沙希は我に返る。  モデルになりたい女の子は星の数ほどいる。  モデルになれるからと言って、登録料やレッスン料をだまし取ってドロンという詐欺を行う悪い奴は少なくない。  モデル事務所を選ぶときに一番気をつけなければらなないことだった。  沙希の家は別段裕福な家庭ではない。  それどころか両親が共働きをしなければ生活できないのだから、モデル事務所の登録料なんて何回も払えるようなものではなかった。 「あの、失礼します」
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