序ノ口 -瑠璃の夢に魅せられし-

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  実はこの源三郎もまた、今吉原ではし乃雪に並び噂が絶えぬ男だ。 天女の如き美しさなれど、普段はどれ程金を持っている男であろうと一切靡かぬ事で有名なあの『し乃雪』が、この男…源三郎にだけはどっぷりと心酔しておると。 無論、其の噂はこの遊郭へ足を運ぶ人間なれば知らぬ話では無かったし、紛れも無い事実。羨む声は彼方此方から聞こえるが、しかし大抵源三郎を羨む男達は、『し乃雪』の素性は愚か、一番大切な部分を知らぬ者ばかりなのである。 し乃雪が、女の身体目当てである男共に靡かぬ理由。 簡単だ。 彼は陰間(かげま)…男娼の、其れも太夫の地位に居る者故だ。 但し、源三郎とは只の友人。其れはお互い了承の上であるし、周囲がどれ程奇異の目で見ようと嫉妬の目で見ようと、彼等は特に気に留めてはいない。 疚しい事は一切していない故、隠す必要も無し。其の潔さは、逢って二年目にして漸くこの遊郭内にて浸透しつつある。 「雪、」 今宵も又、源三郎は二階の窓辺に座り涼しげに眼下を眺める太夫に、声を掛ける。 今宵も又、し乃雪は彼に其れは美しい微笑みを向け、さも嬉しそうに手を振り。 源三郎よりも少し低い声にて、彼は笑う。 「よぉ源!早よう上がって来い、今宵は面白くなりそうじゃ!」 さすれば、源三郎もにんまりと笑って返し、何の受付も金も無しに黒町屋の中へと入って行く。 其の背を笑顔で見送る黒町屋の客寄せは、毎度心中にて呟き、安心した様な笑顔を浮かべる。 嗚呼、今宵もあのキツネ…し乃雪太夫は、機嫌が良いのであろうな…と。 源三郎と共に居る時に見せるし乃雪の笑顔は、最も妖艶で美しい。其れを知るのはこうして毎日彼等を見ている黒町屋の皆であり、其れ故に源三郎は何事も無く出入り出来ているのである。…何せ、彼が来た時はし乃雪もあのこの世のものとは思えぬ程に美しい笑顔にて客を寄せ、売り上げがぐんと伸びるのである。…これ程良い事は無い。 こうして、今宵も又黒町屋は平和に時が流れていくのであった。  
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