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「へっくし!」
まだ寒さの残る春先。
ネイビーカラーのスーツを着たブロンドの女性が、店のカウンター席で大きなくしゃみをしていた。
店頭の黄色い看板には『SPECTACLES OF RACHEL』の文字が躍っている。
そう。カウンターでくしゃみをして鼻を擦っている彼女こそ、この店のオーナー、レイチェル・ワイアットその人である。
「あー、この時間帯はやることもなくて、暇なのよねえ」
夕刻の頃。
主な雑務も片付け、客の入りをただひたすら待っているだけの時間帯。
部屋に敷き詰められた赤いカーペットの先にある透明なガラス窓の外を眺めながら、レイチェルはカウンターで頬杖をついてぼやく。
往来するサラリーマンの姿を何気なく眺めていると、ふと、あることに気が付いた。
「お腹、すいたわね……」
夕食時まではまだ数時間ある。
しかし、我慢しているには少々間が空きすぎていた。
「たしか、冷蔵庫に何かあったと思ったけど」
レイチェルが食べ物の在り処を思い出し、カウンターの奥へと小走りで引っ込む。
そう間を置かずに、レイチェルは戻ってきた。
手にはひと房のバナナ。
食べ物を発見したレイチェルは嬉々として席に座り、バナナを一本もぎ取ると、そのしなやかな白い指で皮をむき始める。
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