入学前

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 コンコン。  ドアを叩く金属音が、狭い部屋に響き渡る。 「どうぞ」  優しい声でノックに応えたのは、ノートパソコンと向き合い考え込んでいる蒼木 燕(あおき つばめ)であった。 「おや、雫(しずく)かい。どうなった? 入学式代表挨拶の件。やっぱり、相手に譲ってきたのかい?」  入ってきた小さな少女に、笑顔で話しかける燕。先程まで考え込んでいたとは思えないほど、朗らかな笑顔である。  そんな笑顔に、雫は小さく無表情に頷くと、燕の前を素早く陣取り、燕のパソコンをカタカタといじり始めた。 「お、おいおい……」  と、苦笑しながら燕は雫に席を譲った。表情は柔らかく繕っているが、内心は汗だくモノであった。別に、やましいモノを見ていたわけではない。組織に内密に頼まれて作製していた『あるもの』を、雫にばれるわけにはいかなかったからである。 「ふう……」  今年から高校生となる雫は、入学試験でトップの成績をとったらしい。容姿はまだ中学生のようだが、まったく、たいしたヤツだ。  そう思いながら燕は、雫の動かすパソコンの画面を覗いた。どうやら、データベースに検索をかけているらしい。 「ひょっとして、適当な人物が見つかったのかい?」  雫は燕の質問には答えず、ただ黙々とキーを叩き続けた。そして、 「……この人」  画面に一人の人物が映し出された。 「……へえ~」  その人物の名前を見て、今度は心の底からほほ笑む燕。いや、少し毒気も混じっていたかもしれない。  今年度は、なかなか面白いことになりそうだな。  燕は、そう思いながら、少女の透き通るような瞳を見つめていた。  
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