第三章 贄

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 ゲシュタルト崩壊の、あの普段使っている文字が文字でないように見える混乱が、海人の頭を襲う。  この文字が、海人は読める。何故か分からないが、素直に頭で読み取れる。 「分かる。読める…なんで…。俺、こんな文字習ったことないのに」  海人はボソボソと呟いて、もう一度言葉を確認する。 愚かなる人よ 不死がほしくば 忌まわしき儀式を続けよ 我が憎しみを血と肉で和らげ 醜く生きていくがいい 贄なる者の苦しみを その命で知るがいい 呪われたこの地に 贄の憎しみと苦しみ 戒めてくれよう 暁の岬にて 血ぬられた刀をもちて 命を捧げよ 儀式が途切れし時 贄再び怒れり 力を取り戻す  最後まで言葉を見ずに「どういう…」と海人はつぶやき、目を進めたとたんにまた記憶にぶれが生じる。 我朽ちぬものなり 怒りの塵になりて 海に帰ろう  この言葉で、ただならぬ嫌な感覚が海人の身を震えあがらせる。さっきの知らぬ記憶の残像が頭をかすめ、すぐに消える。  何か、思い出しかけたような。  けれどかきむしりたくなるほど不快な気持ちになる感覚で、思い出したくないと願ってしまう。  千の言っていたきっかけがあれば思い出すという記憶。今文字を読んだ瞬間が、海人にとってのきっかけであることに違いはなかった。
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