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「お願い、今……選んで。あの娘(こ)なのか、それとも――」
自分なのか、と目の前にいる彼女は俺にそう言ってきた。彼女の言うあの娘はすぐに分かった。俺とよくしゃべるのはそいつしかいなかったから。
正直なところ、俺は全くわからなかった。気付かなかった。自分が誰かの恋愛対象になるなんて、考慮の外であり、考える必要がなかったからだ。
だから、俺は彼女から言われたことで、頭の中が真っ白になっていた。
口を開こうとしても、からっからに乾いており、言葉を発しようとしても、それは言葉にならない。
と、後ろからきゅっ、という靴と廊下がこすれる音がした。びくっと肩をはね上げ、俺は後ろをおそるおそる見る。
そこには、彼女が言う、――あの娘がいた。あんまりにもびっくりして、へなへなとへたり込みそうになった。
なんとか我慢しながら、いくつかの疑問が湧きあがってくる。いつからそこにいたのだろう。どこから話を聞いていたのだろう。
振り返って考えてみると、彼女は俺に言っていたのはもちろんだが、意識は俺にだけ向けられていただろうか? いや、違う。彼女の意識は俺の後ろにも向けられていた。
遠い目をしているなと感じたのは、そのためだろう。
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