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つまり、彼女は最初からそこに――俺達の後ろですべてを聞いていたのだ。
「あ……」
そう声にもならないような呟きを俺がもらすと、その娘はばっと踵(きびす)を返し、走り出した。反射的に追いかけようと俺も脚を出したが、途中で止まる。
彼女が俺の手をパシッとつかんだのだ。離してよ、と言おうと後ろを振り向き、彼女の顔を見た俺は言葉に詰まった。
彼女の表情は今まで見た中で一番真剣で。
それでいて、すぐにでも瓦解(がかい)してしまいそうなほど、よわよわしいものだった。うるんだ瞳で俺を見て、彼女は唇を震わせた。
「待って」つかまれた手から、彼女の震えが伝わってくる。「お願い。追いかける前に、返事をしてよ……あなたは誰が好きなの……?」
なんとなくだが、俺は肌で感じていた。今からしなければけない、真剣に考えなければいけない返事は、これからの俺の人生を左右するものになるだろう、と。
そう感じながら、俺は思い出していた。似ているな、と。
もちろん、状況とかそんなのはすべて違うけれども。
どうしても、似ていると感じてしまう。
そうして、これまでのことを回顧(かいこ)しながら、俺は悩む。
時計的には十分も経っていないだろうけれど、主観的には一時間過ぎたんじゃないだろうかと思えるほど悩み、俺の脳裏に浮かんだのは――。
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