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ゲホゲホと邸内中に響く病人達の声に小さく肩を震わせながら夜啝は庭先に出た
「う…こっちまで頭痛くなりそう。」
唯一の女隊士ですら掛かることのないこの弱い病原菌にどうして勝つことができぬのだろうか?
それは呆れを通り過ぎて疑問にまで発展してくる
……自分が突飛した殺菌抗体を持っているのに、この鈍感娘は気づくはずもない
夜啝は大きく伸びをしてから、申し訳なさそうな顔でポリポリと頬を掻いた
「さっきはちょっと…喋り過ぎちゃったかな。」
そう、ぽつりと呟いて右脇に挟んでいた小さな風呂敷を力強く抱き締めた
根っからの我が儘坊主らしいあの男には、生死に関わるような話でも決して真顔にならない
だからだろうか…
口を滑らした、と言っていい
「ああ…もう、男ってなんでこんなにめんど………ん?」
夜啝が適当に邸内を彷徨いていると、ふと、意外な人物の大きな怒鳴り声が耳に入った
「…!……!?」
―――山南さん?
誰と話しているのか?という衝動に駆られ、夜啝はパタタッと冷たい廊下を駆け始めた
声からして、山南さんの周囲には二人の青年がいる
喉仏は新成熟、リズムからして三十路行かずの二十過ぎ
殺気は緩やか、だがやや怒気が含まれる
声がどちらも振動が強いことから腹調はやや細身
滑舌からして、髷は結っていないだろう
―――なんだ。北辰一刀流絡み、か
しかし、いくら部屋に近付こうとも、一向に声の大きさは変わらない
夜啝はギュッと固く拳を握り締めてその歩みを速めた
声の大きさは確かに変わっている
小さく、小さく、自身無さげに
「ったく…山南無勢が小生意気にスパイなんかしてるからこういうことになんのよ。」
彼女が方向音痴なのは脳を使いながら計算して行動をしている所為だ
逆説をしてみれば、彼女は直感で行動をすれば必ずと言っていいほど、正解の道を導き出すことに長けている
焦る感情を前に押し出したが故に、直感で走ることのできた夜啝は無事に部屋へと辿り着いたのだった
「はあっ…ここだ。」
いやに湿った空気が渦巻いて、実に陰気な雰囲気を帯びている
中からの物音は、一切聞こえなくなっていた
夜啝は躊躇なく、その襖を開いた
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