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相変わらずフロアーでは、音の氾濫の中人々が踊り続けている。
トイレのドアが開いた。
のろのろと、緩慢な動きでケンジとチヒロが出て来た。
俯いた格好で、ゆっくりと歩く。
人が多い為、数人の男女に体が次々に当たる。
「…おい!お前ら!邪魔だ。さっさとどけろよ!」
舌打ちをしながら、体格のいい男が怒鳴った。
「…」
ケンジ達は立ち止まった。
「…おい!聞こえねぇのかよ!?どけろって!」
男は再び怒鳴って何回かケンジの肩を小突き、遠ざけようとする。
ケンジは俯いたまま、小突かれても動かない。
「おい!お前、バカにしてんのかよ!?…ちょっとこっち来い!この野郎!」
頭に血が上った男は、ケンジのベストを掴み上げてフロアーの隅に押して行った。
「…なぁ、お前どういうつもりなんだよ?よぉ?なんとか言えよ!」
男はまた、ケンジの肩を小突く。
「…ヘヘッ…」
ケンジが笑い声を漏らし、肩を揺らした。
それを聞いた男は、更にエキサイトする。
「なんだお前?…この野郎!」
男はケンジの胸を殴った。
結構な勢いのパンチで、普通の男ならば後ろに倒れても不思議ではないのだが…
ケンジの体は、一歩後退りしただけだった。
「…この野郎!」
完全に怒りで歯止めを失った男は、ケンジの頬を殴った。
しかしこれも効いていない。
「…ヘヘッ、へへへへ…
ぜっんぜん効かねぇなぁ、お兄さん、…きかねぇよぉ~」
笑いながらケンジは顔を正面に向けた。
小刻みなフラッシュライトの点滅が、ケンジの顔をスローモーションの様に照らし出す。
「…あ?」
男の顔が怯んだ。
ケンジの顔は笑っていた。可笑しそうに。
…顔は普通の笑い顔だが、
ケンジの目は異様だった。
黒目は限りなく漆黒の闇の様…
そして、白目の部分は…
真っ赤に染まっている。
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