第壱章 ~傭兵~

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それからウィリアムは少年改めて少女に連れられて、森を抜けた先にある小高い丘に来ていた。 緩やかな傾斜を踏み締めながら、前を行く少女をウィリアムは歩幅に気を遣いながら付いて行く。 すると視界が広がり、調度ランスの平地を見下ろすような雄大な景色と、小さな小屋が目に入った。 「ここです。さぁ中に入って下さい」 促されるままにウィリアムは小屋に足を踏み入れる。 中は暖炉の炎のおかげで、ほんのりと暖かく、台所と思わしき場所からは良い香りが漂っていた。 「…ご両親はおられないのか?」 ウィリアムはそのことは野暮だとは思ったが、聞かずにはいられなかった。 「…いませんよ。ここには私一人ですから…」 やはりか… ウィリアムはそう思った。 出会った時の彼女は大きな薪を抱えていたからだ。 それに背中のリュックには買い出しの品々。 とてもこの年代の子供がすることではない。 つまり、この子供には親がいない。 いや、ウィリアムが知らないだけかもしれないが、少女の姿がウィリアムにそう思わせたのだ。 「それは悪いことを聞いたな… すまない」 「いえ。お気になさらないで下さい。それより椅子にお掛けになられては?」 少女はさっさと背負っていたリュックを降ろし、抱えていた薪を暖炉の側に置いた。 「あ、ああ。分かった」 言われる通りにウィリアムは少し小さな椅子に腰掛ける。 そこに少女がカップを二つ運んできて、一つをウィリアムに差し出し、それに紅茶を注いだ。 「ありがとう」 そう言うとウィリアムはカップを手に取り、一口飲む。 正直、それほど美味しくはない。 毎日飽きるほど、高級な紅茶を飲んでいたために、口が肥えてしまっている。 ただ、彼女の差し出した紅茶には優しさが含まれているような感じがした。 「紹介が遅れましたね。私の名前はイーチェ。あなたは?」 「ウィ… ウィルだ。よろしく」 ウィリアムは本名を言うのを躊躇う。 こんな少女に正体を知られようが、構わないのだが、何故だかウィリアムはそれをしなかった。 「ウィルさんですか。よろしくお願いします」 イーチェはそう言うとペコリと頭を下げた。
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