第壱章 ~傭兵~

7/48
前へ
/75ページ
次へ
「終わったぞ?」 ウィリアムはスライスした薪を暖炉の横に置くと、そう言う。 「今、料理が出来たところです。お掛けになって下さい」 イーチェはウィリアムにタオルを渡すと座るように彼を促す。 ウィリアムはタオルで手を拭きながら、イーチェの姿を目で追った。 「お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がって下さい」 テーブルの上には良い香りの正体、シチューが置かれた。 サラダとパンも横に並べられる。 城での食事とは掛け離れているが、明らかにこちらのほうが美味しくみえる。 また、小さなテーブルを誰かと囲むと言うことが、これほどまでに素敵なものだとは。 ウィリアムは自分がまだ皇太子だった頃を思い出していた。 大きなテーブルに豪華な料理。 世話をしてくれる使用人。 至れり尽くせりの状況。 だが、ウィリアムにはそれが寂しくて仕方なかったのだ。 父も母も弟とも別々に食事を済ませる。 その常識が悲しかった。 「いただきます」 神にお祈りをしてから、ウィリアムは食事を開始した。 それを見たのかイーチェも食事を始める。 「どうですか、味のほうは?」 イーチェがウィリアムに恐る恐る尋ねる。彼女は些か不安な表情を浮かべている。 「うむ。美味しいよ。こんなに美味しいシチューは初めてだ」 大袈裟だが、ウィリアムには本当にどんな料理よりも美味しく感じられたのだ。 それを聞いてか、イーチェは頬を赤く染めて俯く。 「大袈裟です。たかがシチューくらいで。…ですが、嬉しいです」 そう言うとイーチェはニコリと微笑んだ。 頬を赤くしているところが、まだ彼女が幼い少女だと思わせる。 「ウィルさんって旅人なんですか?」 食事を終えたウィリアムとイーチェは食後の紅茶をと、テーブルを挟んだまま会話していた。 「ん… まぁそんなものだ」 「へぇ。良いですね、旅。私もしてみたいです」 イーチェはどこか遠くを見るかのように、目を細める。 ウィリアムはそんな様子の彼女をしげしげと眺めていた。 ロングの黒髪にパッチリとした目。 黒い瞳。 華奢な体の彼女の姿が、ウィリアムには妙に大人びて見えた。 恐らくそれも、両親不在のせいなのだろうか。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加