会いたかった――

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会いたかった――

家の外へ出ると、ふとあいつに会いたくなってきた。 さっきまであんな事で悩んでいたからこそ余計にだろう。 スニーカーの爪先で地面を蹴って、そのまま少し早足で駅前に向かう。 早めに到着して、こっちへ向かってくるあいつが見たいだけ。 今日はいつもより、優しくしてやろう 今日は少しだけ、甘えてみよう 今日は少しだけ、いつもと違う意地悪をしてみよう トントントントントン…… 少し早いリズムで刻まれる胸の鼓動。 あの道を抜ければ大通り その先をずっと行けば交差点につく 一つ目の信号 二つ目の信号 緩やかな坂を登って見えた ――衝動を抑えきれない胸の鼓動 「……え?」 それはあまりにも唐突で 自分はきっと、何よりも間抜けな顔をしていたと思うんだ。 例えば親指と人差し指でフレームを作ってさ それを一枚の絵にしてみようか 例えばもしそれを手渡されて 「これはなんですか?」って聞かれても 「……なにって、ただの」 そう、少し怪訝そうな顔をして言葉を発する 『これは事故現場です』、と。 しかし絵図を手渡してきた嫌味な奴は更に細かく伝えるだろう 『 歩行中の学生に居眠り運転のトラックが突っ込んだ。 約  メートル跳ね上げられ、フロント上に前頭部強打、そのまま車体の上で動かず さて、これはどこでやられたかな?右目眼球が損傷―― 』 ――交差点には人が集まってきた。 前の面影がない程に蒼白した顔・唇 右目は赤黒く変色していて 頬は腫れている 宙に投げ出された手には クリスマスに、交換したっけ。 「んな、嘘」 気づくと人混みを掻き分けて手を伸ばしていた なんで?なんで?なんでこんな事になるんだ ただ変わらぬ朝を迎えようとしただけなのに 9月14日午前7:40分 なんで、変わっちゃうんだ? 好きだ、大好きだ、本当に好きなんだ もう遅いかも知れない、だけど何度だって伝えるから ごめん、ごめん ごめんなさい 「ちょっと君、動かしちゃ駄目だって!」 「救急車まだこないの?」 「もう駄目なんじゃないかな……あれ……」 たくさんの声が聞こえる。 人はどうしてこんなにも こ ん な に も 「置いて……」 置いて、いかないで 好きだよ、ねぇ、好きだよ? 笑ってよ、返事してよ、ねぇ目を覚ましてよ もう一度名前を呼んでよ、お願いだから 誰か―― .
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