一章~出会い~

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「視力が回復すると聞いて申し込みに来たのですが」 母と一緒に近くの視力回復センターに来たのは、僕が高校一年生の頃だった。目が悪かったため、少しでも良くなって欲しいという母の願いから、近くの視力回復センターに行ったのであった。季節は蝉がうるさくなく夏であり、田舎町に住んでいた。田舎町といっても周りに田んぼや山に囲まれているわけでもなく、有名な物が何もないといった感じの田舎である。僕の家から50mくらい離れた所に神社があり、夏休みになると小さな男の子がお父さんと虫取網を持って、そこの神社で仲良く蝉取りをしているのを見掛けることもしばしばある。当時僕は地元の私立高校に通っていて、女性とは縁のない男だった。縁があるといえば中学校から仲の良かった男友達とゲームセンターに行ったり、カラオケに行ったりということだけであった。テストの点数も良くなかったため塾に通ったが思うように成績が伸びないまま高校一年生を無駄に終えようとしていた。僕は何をしたかったのだろう。そして、かのロミオとジュリエットのようにこれほどまでに人を愛しく思ったことがあっただろうか。 視力回復センターのお兄さんとは、僕が人見知りなこともあってほとんど口を聞かなかったが、一ヶ月くらい通っている内に少しずつ話せるようになり、次第に親しくなっていった。この男性は河村さんといって、筋肉質な体型というのではなく、どちらかというと女性受けしそうな優男のイメージである。そして、失礼ながら歌がとても上手なのである。仲良くなってからというものの、お店以外でも会ったりすることもしばしばあり、ふとしたことにカラオケに誘われて一緒に行くことになったのである。河村さんの声は地声が元々他の男性よりも高いのも影響してか、かなり綺麗な声で、かつ聞き入ってしまうくらい上手であった。高音域を出すときなど、どこかのバンドグループのボーカルにそっくりなものであった。一方の私はといいますと、棒読み。いや、棒歌だね。声も張らなければ抑揚もない。女性がカラオケ好きで、もし僕とカラオケに行ったなら、その後に僕がその女性にメールわしたらすぐ返事が来るだろう。 「エラー」 ってね。
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