576人が本棚に入れています
本棚に追加
約束の時刻を、5分ほど過ぎていた。
アクロが手招きをする。滑らかに動く指は、蛇の頭を彷彿されるほどジットリと来るなにかを放っている。
蛇に睨まれた蛙。ヤルムはそのような言葉を体で表しているようで、ピクリとも動かなかった。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
固まっているクウが背中を押す。ヤルムはふらふらと歩き出し、手招きしている母親に向かって歩み出した。
一部始終を知っている自分ですら、まるで母親の催眠術によってヤルムが近寄っているように見える。
「あ、そうだ」
まだふらふらしている彼に叫びかける。
「今日、僕学校の図書館で宿題済ませてくから、先帰っていいからね」
いつまで待っても、ヤルムからの返事は返って来ない。
だが大丈夫だろう。女教師の肯いた姿が見えた。
クウは鞄を持つと、カーテン越しに窓の外を見た。
影で、天使の姿が見える。
カーテンを開けようかと思った。天使を見たかった。憧れだった。
昨日は見れずに終わった景色。
もう何度見たことだろう。数えればきりがない。それでも何度も見たいと思わせる魅力。酒を飲んで酔ったときに似ている、頭が痺れる感覚。中毒になりそうなほどの天使達の姿。
クウがカーテンに手をかける。開けようとして――でも、止めた。
この前の、気を使ってくれたヤルムの顔が頭に蘇ってきた。今はいないが、きっとまた同じ顔をするに違いない。
「大丈夫」
一度、深呼吸をして図書館へと向かう。
教室を出る間際、見えたのはお母さんが乱暴にヤルムを引っ張っていく姿だった。
最初のコメントを投稿しよう!