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「あいつは化け物だよ」
「俺も闘ったことがあるが、ちょっとでも気を抜いたらやられそうだった。おまえも大変だな」
「何が大変なんだか」
宗谷の言葉を聞き流し、潤也は満足そうにコーヒーを飲み干した。
「さて、かわいい弟の顔も見たし、そろそろ出かけるか」
空になった自分の皿をいそいそと重ねて席を立つ
「なんだよ、もう行くのか?」
「おまえと違って、こっちは忙しいからな」
「次に帰って来るのは、夏休みか?」
二ヵ月ほど先の話だから答えようがないのか、兄は黙ったまま、制服の上着に袖を通し、カバンを手にして玄関に向かう。
「後片付け、任せてもいいか」
「それぐらいやっとくよ」
「ちゃんと洗うんだぞ。何日も放っておくと汚れが落ちないからな」
「弟をダメ人間みたいに言うな。少しは信用しろ」
ドアノブに手をかけた潤也が楽しそうな顔で振り返る。
「宗谷、剣は好きか?」
「嫌いじゃないよ」
「おまえは自分を弱いと思っているみたいだが、それは、本来の力を発揮できてないだけだ。おまえがわだかまりを捨てて、すべてに心を開き、受け入れることができれば……」
「また説教かよ」
「悪い。つい、いつもの癖で」
「早く行けよ、遅刻するぜ」
「あぁ、行ってくる。宗谷…」
「なんだよ?」
「何でもない。おまえなら心配ないよな」
「何のことだよ…」
宗谷が訝しがって顔をあげると、玄関のドアがゆっくりと閉まり始めた。潤也はいつものように穏やかな笑顔を浮かべ、外から差し込む白い光に吸い込まれていくように出ていった。
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